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今さら速報 2. 涙の理由@「再会パートIX」 [紫苑ゆう「再会」パートXまで]

この寒いのにエアコンが壊れました。衝撃…
でも原因が分かったので数日中にはどうにかなることでしょう。
数日したらまた暖かくなるらしいんだけど。

さて、半月を過ぎても薄れない感激・感傷。
久々に「再会」で涙した部分についてご報告したいと思います。

質問コーナーの最後、「どれだけ時間を使ってもいいです」という前置きとともに
「最近の宝塚って、どうよ」的なフリが来たときのこと。
私は個人的に、紫苑ゆうさん、いや渡辺奈津子先生に
この質問をするのは野暮だと思っています。
宝塚というところを愛し抜き、宝塚の酸いも甘いも経験して退団し、
いまも「あちら側」の人間として後進の指導にあたっている人に対して、
歌劇団からしたら何者でもない我々が、下手をしたら紫苑ゆうさんを通じてのみ、
宝塚と繋がっているだけかもしれない私たちが、
「今の宝塚は昔と変わった。あなたはどう思うか」などと質問するのは筋違いだと思う。
でも「再会」の中では、紫苑ゆうさんがご意見番というか、
和田アキ子的なポジションにされて、皆が考えを聞きたがる。

思うところがあっても、外部の人には言いづらいだろうに。
劇団員の大多数が、自分の教え子になった今は考えも以前と違うだろうに。
でもまあ、聞きたいと思うメンバーの心理も、メンバーの一人としてとってもよく分かるんですが。

「う~~ん」を連発してから、言葉を選んで語り始めたそのお話は、
宝塚を辞めても宝塚を見続け、宝塚を愛し、宝塚のために悩み続けた人だけが語れる
深みのある言葉だったように思います。だからここに覚え書きを載せることもしません。

グッときたのは、ちょっと別のところでした。
…自分は音楽学校の講師を始めて15年近くになる。
トップをすることと、生徒に教えることは全然別モノで、
最初の数年は本当に教えるのが下手な先生だった。
生徒のひたむきな姿、劇場に足を運んでくださるお客様、
いろいろな作品、そして自分の中でも悩みながら、今やっと、
生徒に伝えるべき自分の言葉というのができてきた。

たしか、そんな感じのことを話していたと思います。
「最初の数年は本当に教えるのが下手な先生だった」
紫苑ゆうさんのこの言葉で、もうダメ、決壊。
押しも押されもせぬトップスター、伝説とも呼ばれるスターの地位から、
お手本もなく、何が正解かも分からない講師になって、
きっと辛いことも悩むことも多かったんだと思う。
他の誰にもできない、生徒に宝塚で生きることを教える立場。
「宝塚は変わった」と感じつつも、若い世代に伝えるべきことを懸命に探し、
だんだんに答えを見つけつつあるシメさん。

私事ながら、今の職場で働き出して6年め、
やっと仕事の全体像が見えてきたように感じていたのに、
それでも悩みは尽きなくて、割と新しい会社なのでお手本になる先輩も少なくて、
私ってまだまだ、と思うことばかりで、クヨクヨした状態で「再会」の席に着いたのですが、
ああそうか、シメさんもそんなふうに悩んできたのか、
私なんかよりずっと責任の重い、孤独な立場で戦ってきたのか、と思ったら、
しかもそれをあんなふうに素直に言ってのけてしまうところがまたシメさんらしくて、
ちょっとしばらく涙が止まりませんでした。

それで、ファンの皆さんには、
「宝塚、観に行ってあげてください」
というのが、紫苑ゆうさんからのメッセージでした。
簡単に聞こえるけれど、長い年月かけて出した答えなんだろうなあ。
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