癒された [その他見聞]
やっと読めた。
アンゲラ・メルケル独首相ハーバード大学での演説(2019年5月30日)
深夜の地下鉄でドイツ語の記事を読みながら泣く、という珍しい体験をしました。
言っていることは割と定番ネタではあるけれど、演説の構成も良いし呼び掛けている感じの言葉選び、言葉の並びは情熱的かつ知的。
この人にしかできない演説を、このタイミングで、この場所でしたことに大きな意味があると思う。
この人を好きな理由や、この人にこんなに癒される理由をきちんと言語化しておきたい。この人が現役でいる間に。
アンゲラ・メルケル独首相ハーバード大学での演説(2019年5月30日)
深夜の地下鉄でドイツ語の記事を読みながら泣く、という珍しい体験をしました。
言っていることは割と定番ネタではあるけれど、演説の構成も良いし呼び掛けている感じの言葉選び、言葉の並びは情熱的かつ知的。
この人にしかできない演説を、このタイミングで、この場所でしたことに大きな意味があると思う。
この人を好きな理由や、この人にこんなに癒される理由をきちんと言語化しておきたい。この人が現役でいる間に。
どう歌うかよりも [その他見聞]
この人のこの連載、膝を打つ話が多いよな~。今回は歌の話。
https://dot.asahi.com/wa/2017071800067.html?page=2
『私が歌う』意味や無意味さ。
他人のつくった歌のカバーしか歌わない(イヤ最近そもそも歌ってないけど…)身としては、
しみじみ考えさせられる記事でした。
誰もが「どう歌うか」と同じくらい、「私が歌う」ことの意味を考えながら向き合っている。
音楽って意外と業が深い。
https://dot.asahi.com/wa/2017071800067.html?page=2
『私が歌う』意味や無意味さ。
他人のつくった歌のカバーしか歌わない(イヤ最近そもそも歌ってないけど…)身としては、
しみじみ考えさせられる記事でした。
誰もが「どう歌うか」と同じくらい、「私が歌う」ことの意味を考えながら向き合っている。
音楽って意外と業が深い。
花のごとく散りぬ [その他見聞]
男爵令嬢マリー・ベッツェラの遺書発見(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150803-OYT1T50018.html
これ女の子の筆跡なんだ…
原文はこちら↓
Liebe Mutter - Verzeih mir was ich gethan.
- Ich konnte der Liebe nicht wiederstehen.
In Übereinstimmung mit Ihm will ich neben Ihm im Friedhof von Alland begraben sein.
- Ich bin glügklicher im Tod als im Leben
source: http://wien.orf.at/news/stories/2724175/
「うたかたの恋」がきっかけで独文を専攻したクセに、これが読めないのは不本意だったなあ。
それにしても、この時代のウィーンはどうなっていたのだ。どうして生き急ぐんだろう。シシィも、マリーも、フドルフも。自由であるために死さえも選択肢に加えてしまう新しい空気と、フランツのようにひたすら義務に生きる旧い時代の空気とがぐるぐるとないまぜになり、首都も二重だったように相反する価値観が共存した時代。その「世紀末ウィーン」に人格を与えたのがトートなんだろうな(個人的にトートには普遍的な「死」の概念よりも「世紀末ウィーン」の空気のほうを当てはめたほうがしっくりくる)。
…と、久々にあの時代に思いを馳せてしまいました。この物語をきっかけに専攻を決めたのはミーハーだったかなとずっと思っていましたが、関心を持つに値する時代だと改めて認識しました。
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150803-OYT1T50018.html
これ女の子の筆跡なんだ…
原文はこちら↓
Liebe Mutter - Verzeih mir was ich gethan.
- Ich konnte der Liebe nicht wiederstehen.
In Übereinstimmung mit Ihm will ich neben Ihm im Friedhof von Alland begraben sein.
- Ich bin glügklicher im Tod als im Leben
source: http://wien.orf.at/news/stories/2724175/
「うたかたの恋」がきっかけで独文を専攻したクセに、これが読めないのは不本意だったなあ。
それにしても、この時代のウィーンはどうなっていたのだ。どうして生き急ぐんだろう。シシィも、マリーも、フドルフも。自由であるために死さえも選択肢に加えてしまう新しい空気と、フランツのようにひたすら義務に生きる旧い時代の空気とがぐるぐるとないまぜになり、首都も二重だったように相反する価値観が共存した時代。その「世紀末ウィーン」に人格を与えたのがトートなんだろうな(個人的にトートには普遍的な「死」の概念よりも「世紀末ウィーン」の空気のほうを当てはめたほうがしっくりくる)。
…と、久々にあの時代に思いを馳せてしまいました。この物語をきっかけに専攻を決めたのはミーハーだったかなとずっと思っていましたが、関心を持つに値する時代だと改めて認識しました。
我々が語り続けるのは [その他見聞]
自身を過去に縛り付けるためではなく、我々が前進する存在であるため、人類が、民族が暴力や抹消の危機に晒されるとき、あやまたず反応を示す存在であるためです。
…ヨアヒム・ガウク、2015年4月23日のスピーチ、ベルリンにて、拙訳
きのうの今日でまさかの連投。
なんか圧倒された。
時間の許す限り最新のドイツ語に触れていよう、と改めて決意。できれば日本語も。
言葉ってやっぱり力があるんだなあ
…ヨアヒム・ガウク、2015年4月23日のスピーチ、ベルリンにて、拙訳
きのうの今日でまさかの連投。
なんか圧倒された。
時間の許す限り最新のドイツ語に触れていよう、と改めて決意。できれば日本語も。
言葉ってやっぱり力があるんだなあ